大判例

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大阪高等裁判所 平成10年(行コ)26号 判決

控訴人

梅村治

右訴訟代理人弁護士

川中宏

荒川英幸

藤浦龍治

被控訴人

左京税務署長 勝田允人

右指定代理人

草野功一

山本弘

新名徹

宮田恭裕

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す

二  被控訴人が控訴人に対して平成三年一月三〇日付でした昭和六二年度分から平成元年度分の所得税の各更正処分のうち、総所得金額が昭和六二年度分については八五万一六八七円を超える部分、昭和六三年度分については八六万九二八四円を超える部分、平成元年度分については九〇万〇三一一円を超える部分及びこれらに対する各過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

事案の骨子、争いのない事実、主な争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一1  原判決一六頁五行目の「・算出一覧表」を「・算出所得率一欄表」と訂正し、原判決添付別紙1の「異議申立て」欄及び「審査請求」欄の各金額及び税額を、それぞれの数字の次に「を超える部分」を付加して訂正する。

2  原判決三〇頁六行目の「各手続段階」の次に「(異議申立て、審査請求、本件訴訟)」を加える。

二  当審における控訴人の主張と被控訴人の反論

1  調査手続の適法性について

(控訴人)

原判決は、調査手続は課税処分とは別個のものであるとして、調査手続の違法が後続する課税処分の違法をもたらすものとは直ちにはいえないというが、課税処分が調査に基づいて行われるという関係にある以上、調査の違法は課税処分の違法をもたらすと解すべきである。

本件において、担当職員が調査理由を告知しなかったこと、調査に第三者の立会いを認めず、これを理由に帳簿書類を見なかったことは、いずれも担当職員の合理的な裁量の範囲を超え、控訴人の利益との衡量において社会通念上相当な限度を超えるものである。

(被控訴人)

原判決は、調査手続と課税処分の法的関係について、前者は事実行為であり後者は行政処分であるから、両者は別個に独立しており、前者の違法が直ちに後者の違法をもたらすとはいえないと述べているのである。

税務調査において第三者の立会いを認めるか否かなど調査の方法については、調査担当職員の裁量に委ねられている。本件では、公務員の守秘義務に違反するおそれがあることなどから第三者の立会いを認めず、控訴人が第三者の立会いに固執するため調査を打ち切ったのであって、社会通念上相当な限度に止まる範囲での裁量権の行使であり適法なものである。

2  推計の合理性の要件について

(控訴人)

原判決は、所得税における推計課税は実体法上実額課税とは別に課税庁に所得の算定を許すことを認めたものであって、真実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、その推計の結果は真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りるから、推計の方法は、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性があれば足りると判断している。

しかし、推計課税はあくまで例外的、かつ補充的なものでなければならない。申告納税制度と並立し得る推計課税制度が存在するが如き判断は、わが国の税制が到底許容しない法解釈である。また、原判決判示の「推計の結果は真実の所得と合致している必要はない」との部分と、推計の方法が「真実の所得を算定しうる最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性があれば足りる」との部分の問には論理の飛躍がある。推計の方法は、申告納税制度の基本原則に照らし、当該事案に即して実際に考え得る最も合理的な方法によるべきで、裁判例の基本的流れも、原判決のような立場ではなく、事案の全過程を見通し、納税者の特殊事情も考慮しながら、実際の所得に最もよく近似した合理的な推計を必要としている。

(被控訴人)

裁判例の上でも、限られた資料や時間的制約、課税庁の調査能力、納税義務者間の公平等を考慮して採用された推計方法が、その納税者の所得を認定する方法として社会通念上合理的と認められる場合には合理性が認められるし、推計には実額近似値を求め得る程度の一応の合理性が認められれば足りるとされており、本件推計に合理性があることは明らかである。

3  推計の合理性について

(控訴人)

(一) 同業者の類似性判別の合理性について

原判決が判示する、業種の同一性(個人タクシー業専業)、事業所の近接性(京都市周辺)、事業規模の近似性(営業車両一台)という条件は、京都市内で営業する個人タクシー業者全てに共通していることであって、控訴人と類似した同業者を絞り込む条件にはなり得ていない。営業時間の類似性(年齢)の点も、四〇代と五〇代とを比較して営業時間の長さに影響を与えるほどに体力の差が顕著にあるといえるのか、大いに疑問である。個人タクシー業者にとって収入に差をもたらす要因は、小型車か中型車か、流し営業か貸切り営業か、主に昼間営業か夜間営業か等々であるが、一番大きな要素は営業時間の長短である。したがって、営業時間に影響を及ぼす定型的な事情(例えば協同組合の役員、病気等)があれば、同業者比率はこの要素を加味して算出すべきである。控訴人は協同組合の役員として熱心に活動していたし、肝臓等に持病もあったから、同じような条件を備える同業者でなければ、類似性を持つ同業者とはいえない。

(二) 原判決は、推計の結果は真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りるというが、被控訴人の推計の結果は、同業者の所得額の単純平均そのもので、どこから見ても実額近似値ではない。推計課税の場合、真実の所得額と合致する必要はなく実額近似値でよいとしても、そこから更に一歩進んで、単純平均値まで実額近似値だとするのは根本的な誤りであって、この点について、原判決は何らの判断も示さず、単純平均額を事実上容認したのであって、理由不備の違法がある。また、個人タクシー業は営業形態によって所得格差が大きいのに、単純平均値で課税するのは人頭税と同じであり、申告納税制度の根幹を崩し、憲法三〇条、八四条に違反する。

(被控訴人)

課税庁は当該事案に照らし合理性のある推計方法を選択できるとされている。本件において、被控訴人は、〈1〉個人タクシー業を専業で営む者であること、〈2〉生年月日が昭和一四年一〇月一日から昭和一六年九月三〇日までの者であること、〈3〉京都市内に事業所があることをもって、業種の同一性、事業規模・年齢による体力的要素の近似性及び事業所の近接性の点で、控訴人とこれら同業者との類似性を主張しているのである。

控訴人は、同業者の抽出において、協同組合の役員であることや持病があるかどうかなど、営業時間に影響を及ぼす定型的な事情を考慮すべきである旨主張する。しかし、そのような事情は、所得税青色申告決算書の上で明らかでなく、他に的確な資料もないから、同業者抽出の条件にすることは不可能なことである。

4  実額反証等について

(控訴人)

(一) 原判決は、実額反証について、「原告においてその主張する実額が真実の所得額に合致すること、すなわち主張する収入金額が全ての取引についての収入金額であること及び必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性があることを主張立証しなければならない」旨判示している。

しかし、いわゆる法律要件分類説の立場からも、また実質的に考えても、課税標準の立証責任は課税庁にあると解すべきであり、控訴人としては、収入金額ないし経費について被控訴人の推計を疑わしいとする程度の反証を提出すれば、実額反証としては足りるのである。

(二) 原判決は、免許更新の際における実態確認調査について「輸送実績報告書(月報)及び営業報告書・輸送実績報告書(年報)の提出状況、運転日報の記載状況などについて調査し、その基となる帳簿は確認しないことが認められる」として、これら書類の信用性を疑問視している。しかし、個人タクシー運転手は、近畿運輸局に対し、年間の営業報告書を提出し、また、毎月、近畿運輸局京都陸運支局に対して輸送実績報告書(月報)を提出することになっており、さらに、三年毎の免許の更新の鑑査を受けるが、その際には、日報とタクシーメーターとの照合、日報に基づいて月報が作成されているかのチェック及び領収書、出納元帳などの会計書類を含めた書類のチェックなど極めて厳重な鑑査が行なわれるのであって、日報及び月報に基づいて作成される年間の営業報告書の信用性は極めて高いものである。

(三) 控訴人は、本件係争各年度において、全京協同組合ないしはその傘下の互助組合の役員(理事等)に就任した。各年度における組合用務に要した時間と、そのうち互助組合から行動三〇分毎に八五〇円の手当(役員行動費)が支給された時間は、いずれも別紙「組合役員としての業務に要した時間と支給された役員行動費」記載のとおりである。控訴人の営業日数は昭和六二年が二七一日、昭和六三年が二五六日、平成元年が二四三日であったから、一日の営業時間を七時間として計算すると、総営業時間数の少なくとも三割は役員業務に従事しており、手当ての支給された時間数を控除しても、組合用務による実質的減収率が二割を下回ることはない。これは控訴人の特殊事情であり、同業者比率による推計の上で考慮されるべきである。

(被控訴人)

(一) 実額反証の立証責任については、捕捉漏れのない収入金額であること、必要経費が実際に支出されたこと、必要経費が収入金額に見合うこと、この三点につき納税者の側で合理的な疑いを入れない程度に立証することを要すると一般に解されているから、控訴人の主張は失当である。

(二) 控訴人は、組合用務に従事したため営業時間が制限されたと主張するが、組合用務のためどの程度の営業時間が減少したかは証拠上明確に把握することができない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人の本訴請求は理由がなくこれを棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四六頁七行目の「処理する」を「処理することになる」と、五六頁八行日の「単純平均を基に」を「単純平均で」とそれぞれ訂正する。

2  調査手続の適法性について

所得税に係る調査をする場合の質問検査権(所得税法二三四条一項)は、税の公平確実な賦課徴収を図るために税務調査の一方法、手段として設けられたものであり、調査の方法については、権限ある税務職員の合理的裁量に任されているというべきである。

本件において、控訴人は、被控訴人の調査手続が違法であり、調査の違法は課税処分の違法をもたらす旨主張する。しかし、控訴人宅に赴いた調査担当職員のとった措置が権限ある税務職員の合理的裁量の範囲であり、到底違法ということができないことは原判決の説示するとおりである。よって、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人の右主張は採用することができない。

3  推計の合理性について

(一) 課税は、本来、帳簿書類に基づく実額に対してなされるべきであるが、帳簿書類の備え付けがないとか、帳簿書類の内容が不正確で信頼できない場合、又は納税者が税務調査に際し帳簿書類の提出を拒むような場合には、帳簿書類に基づく実額課税が不可能となりかねない。しかし、このような場合に課税を行わないことは租税負担の公平の見地から到底許されないので、課税庁において、各種の間接資料を用いて所得を推計し、これに対して課税することを認めており、これが推計課税である(所得税法一五六条)。したがって、実額課税、推計課税といっても別個独立の課税方式があるわけではなく、両者はあくまで所得の認定方法の差にすぎないのであって、実額課税ではできるだけ正確な実額の把握が求められるのと同様の意味において、推計課税では推計の合理性が重要視されるのである。

このような見地に立って推計課税の立証責任の分配を考えると、推計の合理性を基礎づける事実(基礎資料と推計方法)は、実額課税における個々の所得発生原因事実に相当するので、その立証責任は課税庁にあるが、実額反証や推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著な納税者の特殊事情は、推計の合理性の全部又は一部を覆す事実として、納税者において立証責任を負うと解するのが相当である。

控訴人は、実額反証について、課税標準の立証責任は課税庁にあるから、控訴人としては、推計の合理性を疑わせる程度の反証で足りると主張するが、右の説示に照らし採用することができない。

(二) 本件において、被控訴人の行った推計方法は、いわゆる同業者率法と呼ばれるものである。抽出された同業者は、控訴人の事業所の所在地を管轄する左京税務署及びその近接地域の税務署管内に事業所を持つ個人タクシー業者のうち、控訴人と年齢が近く、かつ青色申告書で所得税の確定申告をしているなど、原判決添付別紙2「同業者の抽出条件」記載の各条件のいずれにも該当する者全員であり、その人数は八五名の多数に上った。その上で被控訴人は、右同業者全員の青色申告決算書に基づき、本件係争各年毎の平均収入金額と平均所得率を算出し、両者を乗じて得た金額をもって控訴人の本件係争各年分の事業所得と推計したというのである。

(1) 控訴人は、右推計の方法は同業者の類似性の点で絞り込みに問題がある旨主張する。しかし、抽出された同業者は、いずれも控訴人と同じ個人タクシー業者で、事業所が近接地域にあるほか、年齢も控訴人と近く、かつ青色申告書で所得税の確定申告をしている者全員というのであって、その人数も八五名の多数に上っていることを考えると、同業者の抽出基準(類似性)や選定件数の合理性に欠けるところはないというべきである。

(2) 控訴人は、単純平均値は実額近似値ではないから、被控訴人の推計は合理性に欠けると主張する。

しかし、所得税の確定申告書に所得金額しか記載しておらず、収入金額の記載や収支内訳書の添付がなく、所得金額算定の経緯やその内容が全く不明であるのに、控訴人において税務調査に非協力的で、かつ後記のとおり、他に控訴人の課税標準の実額を把握し得る適当な資料のない本件においては、控訴人の主張する特殊事情を考慮してもなお、被控訴人の行った右推計にはそれなりの合理性を肯定するのが相当であり、同業者の収入金額や所得率の平均値をもって控訴人の所得の実額近似値とすることもやむを得ないところである。もとより「人頭税」との非難は当たらないし、憲法三〇条、八四条に違反するものではない。

(三)(1) 納税者の実額反証や推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著な納税者の特殊事情は、前記のとおり推計の合理性の全部又は一部を覆す事実として、納税者において立証責任を負担すると解するのが相当である。

本件において、控訴人は、収入金額及び経費の実額を主張し、それらを証明するものとして、輸送実績報告書(甲二等)や営業報告書(甲八の二七等)を提出し、これら書類の作成や提出には互助組合等が関与して正確性の検査を行なっており、控訴人の免許更新時において監督官庁の鑑査を受けていることからその正確性が担保されていると主張し、証人中川もその旨供述する。しかし、基礎資料である運転日報が提出されていないのであるから、証人中川の供述も、結局のところ、推測を述べているとしか評価できず、これらが信用性に乏しく採用し難いものであることは原判決の判示するとおりである。

(2) 控訴人は、顕著な特殊事情として、同業者で組織する協同組合の役員に就任していることから、本件係争各年度において、総営業時間数の少なくとも三割は役員業務に従事しており、組合用務による実質的減収率が二割を下回ることはない旨主張する。しかし、平均値による推計の場合、多少の営業条件の差異は平均値を求める過程で吸収されると考えるのが相当である。証拠(甲三九、証人井ノロ、同中川)によると、控訴人が本件係争各年度において協同組合の役員に就任し、会議や行事への出席、役員や事務局との打合わせ、組合員からの相談活動など、組合用務に熱心に従事していたことは窺えるものの、個人タクシー業は、勤務時間を拘束されず、自己の健康や家庭事情等の個別事情に応じて弾力的に営業を行うことが可能な業種であり、組合用務と営業時間との調整もさほど困難であるとは考えられないから、右組合用務によって控訴人の営業時間に多少の影響が出たことはあるにせよ、そのために常時営業時間が制約され、減収を余儀なくされたとはにわかに認め難いといわねばならない。したがって控訴人に、推計の合理性を覆す特殊事情の存在を認めることはできないから、控訴人の主張は、この点においても採用することができない。

二  よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日・平成一二年二月三日)

(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 白井博文 裁判官 古川行男)

組合役員としての業務に要した時間と支給された役員行動費

〈省略〉

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